保険屋の道を選んだ理由(その2)
私の祖父はガンで他界しています。
そのころの私は、たぶん小学校3年生くらいだったと思います。
祖父は三井物産で仕事をしていたので、世間から見て割合収入は多かった方だと思うのですが、ガンによる闘病生活によって、預貯金は底をついていたようです。
生前は札幌駅から徒歩10分程度のところに居を構えていました。
死後そこを売り払い、現在の東区、札幌としては結構はずれの地域に引っ越しをしています。
生前に購入していたと記憶しています。
幼い頃の記憶から辿ったので、想像の域を出ませんが、駅前の土地を売って得たお金は、住宅の建築費と祖母の生活費となったのでしょう。
ずっと長い間自然なことだと思いこんでいましたが、今更ながらよく考えてみると、どうも生命保険にはあまり入っていなかったように思います。
そうでなければ、少なくとも駅前の土地を手放してはいないでしょう。
祖父は100%純粋、典型的肥後もっこすなので、見た目からして頑固一徹、たぶん入らないと決めたら最後まで入らなかったと思います。
時代的にも医療保険は存在しません。
特約でどうにかと言ったところでしょうか。
当時高額療養費制度が合ったか定かではありませんが、祖母も頑固一徹だったので、有る程度収入が有ったプライドで、利用していないのかも知れません。
今やガンは2人に1人が罹るとも言われています。
このブログをご覧になった方は、まず「高額療養費制度」によって、自己負担の上限がある程度定まっていることを覚えてください。
これを利用する・しないは、実質個々の判断に任されていますので、知らないと損をすることになるでしょう。
この制度、おそらく近いうちに自己負担額の上限が引き上げられます。
それでも何十万円にはならないでしょう。
今の基準では、月額で掛かっても10万円前後、せいぜい11万円台くらいが目安になります。
2割増えると考えて、12万円から13万円と言うところでしょうか。
きっと、所得による差別化も進むでしょうから、所得が多い方は負担できる上限も高いと見られるかも知れませんね。
(新しい制度が決まったら、訂正加筆したいと思います)
祖父の場合、かなり進行してからの入院でした。
胃ガンで摘出を受けたと話していましたが、もしかしたら手術をやめた可能性もあります。
私の記憶では一回の入院しかしていません。
そして入院中に他界しています。
抗ガン剤は投与したでしょうか。
ちょうどインターフェロンが1954年に発見されて数年の頃です。
まだ実用化に至るかどうか、量産は東レによって1980年代に入ってから。
丸山ワクチンもまだ開発されていない頃でしょう。
インターフェロンを使ったとしたら、相当高価な物だったに違い有りません。
駅前の土地を売却したところから判断・計算すると、可能性は高いですね。
今度帰省した際に、叔母に聞いてみたいと思います。
父はすでに他界しているので。
もしガン保険や、せめて入院保険が設定されていれば、皆さんもガンと闘えるはずです。
そのための資金を貯めるのだと思って、検討しては如何でしょう。
そして、死亡保険金がある程度有れば、祖母は引っ越しをしていないと思います。
「最終整理資金=葬儀代」とされがちですが、祖父のように医療費など、「負の財産」の整理も含まれます。
あなたは準備できていますか?
保険事務所 アンビシャス
中田 成雄
コメントを受け付けますが、公開され無い設定にしますので、ご質問などにご利用ください。
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